LIFE STYLE

毎日が奇跡

明石家さんまさんの言葉に「生きているだけで丸儲け」という有名な言葉があります。

僕も単身赴任で気持ちが沈んだ時や辛い時に何度も頭の中に浮かんできた言葉です。

普段生活していると嫌なことや辛いことに出くわして色々な感情になりますが、生きているだけで奇跡ということを忘れてはいけないと思います。

毎日そうやって考えるのは難しくても、ほんの少しだけでもいいし、時々でもいい。存在することの驚きと、そのあまりの短さに思いを馳せてみると、日常ががらりと変わって見えるはずです。

この記事では生きているだけで奇跡ということを改めて書きたいと思います。

自分の身の回りのことで当たり前のことなんて実は何ひとつない

人生は一度きりだし、後悔のないように毎日を過ごしたい。そうやって考えたことってあると思います。

そう考えるとイライラするような出来事や無駄にダラダラと過ごす時間には「時間が不当に奪われている」というように感じます。自分の人生の貴重な時間が奪われた・・・と。

けれどもよく考えてみると、それは結構傲慢な態度でもあるんです。

無限に比べたら人生80年は短いかもしれない。だけど、そもそも生まれなかった場合に比べたら80年もあることはかなり恵まれたことじゃないですか?

それに毎日世界で10万人以上が亡くなっていることを考えれば、毎朝目が覚めること自体が奇跡です。

毎朝目を覚ますたびにお前はこう言ってもいいだろう。

目が見える。耳が聞こえる。体が動く。気分も悪くない。ありがたい。人生は美しい。

ジュール・ルナール フランスの作家

存在していることが、どれほど驚異的なことか。それに気づかない人は、自分の人生を当たり前のものだと考えてしまいます。自分の人生はすべて自分の好きにできるものであって、絶対に奪われてはならないと思い込んでしまうんです。

でも実際は、そもそも時間が少しでもあること自体が、不可解なほどに奇跡的なこと。

自分の身の回りのことで当たり前のことなんて実は何ひとつない。

身の回りには奇跡が溢れています。そのことに時々思いを馳せたり、感謝することは大切なことだと思います。

人生には2通りの生き方しかない。

ひとつは、奇跡など何も起こらないと思って生きること。

もうひとつは、あらゆるものが奇跡だと思って生きること。

アインシュタイン

明日生きている保証なんてどこにもない

僕は単身赴任をすることになったときに自分の人生の有限性をものすごく感じました。

2歳になってやっと言葉が話せるようになってきた娘と離れて生活しないといけない。実家の近くに家を買ったから親に孫の顔をたくさん見せられるとワクワクしていたのに単身赴任・・・。

単身赴任は結果的には半年で終わりましたが、当時は早くて1年、長いと3年くらいは戻ってこれないことを覚悟していました。

生きていること自体が奇跡。だとしたら、家族の近くにいたい。

ある日突然大地震は襲ってくるし、ある日突然、元首相が銃撃されたという悲惨なニュースが飛び込んでくる世の中です。

実は明日生きている保証なんてどこにもない。

人生の有限性に気がつくと日常の見え方が大きく変わります。大切な時間を家族の近くで過ごせないことに僕はものすごく胸が締め付けられました。

その時の気持ちが後悔のない時間を過ごすために育休を1年フルで取得するという決断の大きな後押しになりました。

僕は10月から1年間育休で仕事から離れる予定です。その期間は育児は絶対だとして、残っている時間でこれからの可能性を広げるための訓練期間にしたいと考えています。

人生は有限なので噛み締めたいと思います。

一緒に働いたことのある人が亡くなった

先月以前同じ店舗で一緒に働いていた方が亡くなった知らせを聞きました。

まだ50代の方なのでショックでした。

人生はいつか終わります。そしたらもうスーパーのレジに並ぶことも、職場の仲間と世間話をすることもできません。

そうやって考えると自分が何をしているかは、もはやそれほど意味がありません。大事なのは自分がそれをしているという事実です。

スーパーのレジが混んでいてイライラさせられても、職場の仲間のつまらない話に付き合わされたとしても、それをしているという事実自体が尊いことに感じられます。

生きているだけで奇跡。

人生の終わりを想像すると日常のあらゆることに感謝の気持ちを持てると思います。

僕も今こうしてブログを書いていること自体が奇跡です。

毎日が奇跡です。

それでは。

Advertisements